だが待ってほしい早計ではないか通信(フリーライター三品純)

週刊誌、月刊誌などに寄稿した記事の 補足、追加取材ブログです。 ネットと雑誌メディアの融合を目指します。
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正論6月号「無償化をめぐる朝鮮学校・総連の抵抗が始まった」の案内

正論6月号にて「無償化をめぐる朝鮮学校・総連の抵抗が始まった」という記事を書きました。

今回のポイントは無償化適用除外であっても、補助金・給付金制度はちゃんと存在していること。
またパチンコ屋と朝鮮学校の関係についても指摘しています。
朝鮮学校‐旧朝銀との関係とも言えます。

大阪府の場合は府も市も補助を打ち切ったと松井‐橋下府市政を評価する声も多いですが
そんなものは別にたいした問題ではありません。むしろ各自治体で補助制度、給付制度は
存在しており、これって実は民主党(現在は維新の一部)や自民党の方々も関わって
できた制度です。

自民万歳! 維新万歳! まあいいけども実は裏ではズブズブの関係だっていうのに。



キャプチャ














[ 2014年05月02日 15:22 ] カテゴリ:政局 | TB(0) | CM(1)

安倍首相のパチンコ人脈と在日人脈

また保守様から嫌がらせを受けそうだけども、『FLASH』で

http://www.kobunsha.com/shelf/magazine/current?seriesid=101002
大増税に庶民が苦しむなか、桜を見てはしゃぐボンボンの君
安倍首相ズブズブ「パチンコ御殿」

という記事を書きました。

確か蓮舫議員や白真勲議員は帰化人で政治に参加する資格がないって多くの安倍信者の方々が
言っておられました。またお得意の帰化人認定、在日認定もよくおやりになっておられる。
またお説では同時にパチコンについても問題提起されておられます。

つまりこうしたお説を忖度すると「帰化人やパチンコ屋は政治家当事者にも、支援もしてはならない」
って意味ですよね。じゃあそういう人とズブズブな政治家は当然、批判されるべきってことですよね。

だから皆様のお説通り、ズブズブ政治家である安倍首相について書いています。
保守様方が敬愛してやまない安倍首相が実は在日実業家(帰化済)のパチンコ業者と
長年、懇意で献金まで受けていたことも指摘させて頂きました。

なんでもこの業者さん、下関市で「日本一優遇されているパチンコ」って揶揄されていますよ。

在日出てけ、パチンコ追放、と言っておられた方、ぜひ安倍首相の人脈についても徹底的に
追及していきませんか。
もっとも安倍さんのパチコンと在日人脈はクリーン、とおっしゃるならば別ですが。

安倍さんのパトロン、下関駅前のパチンコ屋「永楽本店」。
なんでも旧国鉄の土地で競売では随分安く落札されたそうです。


永楽




駅から降りてコンコースでパチンコ店の二階からも入店可能。
とても便利です。


永楽3








奥に見えるのはフェリーターミナル。釜山とつながっています。
同店の二階はフェリー乗り場ともつながっています。
なるほど韓国人をたくさん呼んでパチンコで金を落とさせる作戦かあ。

[ 2014年04月25日 15:01 ] カテゴリ:政局 | TB(0) | CM(1)

もったいない知事 奴の本性②


SILCの舞台、米原市

 「嘉田さんは、古川さんの自宅に行き来するほどの仲だった。冨士谷市長を交えることも少なくない」(近江八幡市関係者)。
 嘉田県政を支える面々である。どういう会話が取り交わされてきたのかまず内情が見えてこない。一言で言えば“少女”のまま大人になったような嘉田が、マッチョ型政治家、有力者である冨士谷と古川に囲まれているのだから。とにかくSILC(シルク)事業は、彼ら嘉田を取り巻く人脈で主導された事業だ。

「SILC(シルク)事業」舞台は滋賀県米原市に移る。
滋賀県米原《まいばら》市、ここは旧坂田《さかた》郡米原町だったのが2005年に市になった。岐阜県出身である著者にとって「米原」というと「ああ滋賀県に入ったなあ」と感じさせるいわば「近江の国」そして「西日本」の玄関口である。東海道本線、北陸本線、それから新幹線が乗り入れる接合駅だ。東西南北をつなぐ交差点の町、米原。実は、滋賀県の同和問題、行政の取材をスタートしたのもこの地だったことが懐かしい。もともと滋賀県に興味を持ったのも「東近江市民差別問い合わせ事件」が発端だったのだが、ある重要な情報提供者と米原駅で待ち合わせ取材を始めた。そう言えば初めて生の嘉田を見たのも先に述べた通り、米原市だった。


 さて米原市について以前から不思議に思っていたことがあった。南北をつなぐ接合駅であり、滋賀県唯一の新幹線駅でもあるのに、ほんの7年前までは「町」だったことである。それに東西、北陸をつなぐこの交通の要地で江戸時代以来の交通都市にしては「殺風景」だ。駅周辺はとてもアンバランスで駅西側に行くと滋賀を代表するスーパーマーケット「平和堂」《へいわどう》や公共施設が並んで新興地域のような佇まい。ところが東側となると昭和初期と見間違うような町並みでまるで骨董品のような簡易郵便局がある。
 そして線路に沿って彦根方面側には広大な田畑が広がり、隣り合うように工場が並んでいる。

 古くからの住民は、こんな話をする。
「もとはね、北陸本線を彦根駅まで引っ張って彦根が東西北陸の接合駅になる計画もあったの。ところが彦根の地主の間で反対があって“そんなゾロゾロ鉄道が来て、汽車の煙で城(彦根城)や町並みが汚れたらどうしてくれるんや”とこうくるわけだ(笑)。その結果、彦根は発展しなかったし、下手したら江戸時代の方が栄えてたんと違う? じゃあ米原駅前が栄えたかというとそうでもないなあ。駅周辺は、土地区画整理をしようにも規制があって、大規模な開発ができなかったんですよ」
 かつては雄藩として全国に名を轟かせた「彦根」もこうした経緯もあってか、知名度ほど発展を見なかった。近年、彦根の話題で盛り上がったのは、いわゆる”ゆるキャラ”の走りにもなった「ひこにゃん」ぐらいだろう。さらに滋賀県では「南北問題」という経済事情が存在する。彦根以北つまり湖北地域は、工業、産業も湖南地域に比べて弱い。

その南北問題の解消策であり、湖北発展の起爆剤として期待が寄せられたのが、「SILK《シルク》事業」だったのだ。同事業は、米原駅周辺に大規模な物流基地を建設するというもので、当初の構想は、「西日本最大規模の物流拠点にする」(滋賀県職員)という壮大なものである。
 東海道、北陸、関西をつなげる交通の要地に西日本最大級の物流基地を建設するという構想は、地元産業界でも期待する声が多かった。同事業は、嘉田の腹心、古川元管理監の肝入り、というよりも主導で進められた。実は、滋賀県とは、「企業誘致」に強い県である。
「『内陸工業県』を打ち出して、企業誘致を進めてきた結果、工業団地の9割が誘致に成功したというのがウリです。不況と言いながら工業団地の稼働率も高い」(県関係者)。


(敬称略・続く)




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事業の候補地だった米原駅前の用地。所在は「米原市磯字振興」という。




[ 2013年03月05日 10:09 ] カテゴリ:政局 | TB(0) | CM(3)

もったいない知事 奴の本性①

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嘉田由紀子滋賀県知事について、1月ぐらいに一般誌に掲載される予定でしたが、見送りに
なったので、ブログ用に再編集して掲載します。当時は、大変残念だったけど
前向きに頑張っていこうという意味でブログで公開します。
それに今さら感もあるのですが、ぜひご一読ください。

全国メディアではいかにもリベラルの旗手として喧伝される人が一体、水面下ではどう
動いてきたのか? よく分かって頂けると思います。







もったいない知事誕生の裏舞台
 

嘉田は06年、滋賀県知事に就任した。滋賀県栗東市への新幹線新駅の建設の反対を訴えて当選したことは、多くの人が知るところだろう。環境社会学者という肩書きと脱公共事業を掲げたことから、この知事選にて「もったいない知事」のネーミングを得たわけだ。
新駅反対でクローズアップされたから“ポッと出”と思いがちだが、滋賀県行政とは関係が深かった。京都精華大学教授時代の話。
「県誌『滋賀プラスワン』で國松知事、作家の立松和平氏(故人)と対談するなど県の活動と関係が深かった」(県職員)
 この面々と対談できるのだから知事や有名作家と同格とまでいかないにせよ、知事選に立候補できるだけの知名度や存在感はあったかもしれない。しかし当時、一介の学者に過ぎない嘉田に政治的基盤はない。
そこで錦の御旗とばかりに持ち出したのが新幹線新駅建設の反対だ。これについては彼女の「信念」めいたものもあって反対したのかもしれない。しかし後にも触れるがむしろ“支援者”との関係上、大人の事情も働いたこともあった。もっとも反対自体は、理があったと思う。地元の人には釈迦に説法のような話になるが、この地域で新幹線を利用する場合、まずJRの京都駅が最寄り駅になる。新駅は所在地こそ栗東市だが、実質草津市かもうすぐに湖南市だ。しかも在来線から離れ利便性があまりに悪い。
それにこの事業は旗振り役である國松前知事ですら、妙な対応を示していた。
「國松善次前知事は新駅について記者会見で“知事が新幹線を使う時はどの駅を使う?”と問われた時に“京都駅を使う”と言って呆れさせた。知事自ら必要のない駅と言ったようなもの。要するに国松前知事が栗東市出身だから地元に誘致したいだけの話だった」(前出地元自治体議員)
 県内では、賛否が渦巻く新駅建設になったが、ここで嘉田が注目され始める。新駅反対を掲げ知事選への出馬を決めると「リュック一つ背負って各党に推薦のお願いに日参していた」(地元記者)というからいかにも市民派的、庶民的な選挙活動ではある。ところが自民党、民主党、公明党といった有力政党がポッと出の学者に興味を示すはずもなかった。
この通り、各党が難色を示す中、社民党からの支持を取り付けることができた。後に福島瑞穂社民党党首は、「先見の明があった」と自慢気に語っていたが、これは自画自賛というものである。社民党の支持というのはあくまで表向きの結果論にすぎない。むしろ嘉田知事誕生の水面下では、全く別の動きがあった。

政治のパートナーは“アンチ同和以外何もない人”

 彼女の政治人生を検証すると必ず「豪腕肌」の男たちが浮上する。結局、袂を分かつことになるが昨年12月の総選挙でも豪腕・小沢一郎と手を組んだ。リベラル、環境、人権、というソフトなイメージを売る一方で、その協力者たちはいつも豪腕、そして強面な面々なのだ。最初の滋賀県知事選がまさにそれだった。リュック一つ下げた市民派の学者に対して面白いことに滋賀県の自民党内でおかしな現象が起きた。冨士谷《ふじたに》英正《えいしょう》元県議会議長(現滋賀県近江八幡市市長)が嘉田を支持したのである。冨士谷もまた新駅反対派の筆頭だったこともあり、嘉田とつながった。この人物、「キャリア官僚出身ながらパンチパーマでコワモテな風貌。典型的な利益誘導型議員です」(地元オンブズマン)との評価が専らだ。また後にも触れるが「同和対策を打ち切ったくらいしか評価できるところがない」(同)との話も面白い。
その議長時代の話。「平成17年11月にラスベガスで肉の物産展が開催されたのですが、冨士谷さんはデビット道上《どうじょう》という実業家の仲介もあってイベントに参加したんです。名目上は、近江牛の売り込みというのですが、ところが公務ではないと出張費77万570円の返還を求めて裁判まで起こされたのです」(前同)
 裁判はいずれも富士谷氏勝訴で終わったものの“もったいない”と税金の無駄遣いを批判する嘉田氏が選ぶパートナーとしては、違和感のある存在ではないか。そしてこの「デビット道上」という名を心に留めてほしい。
 知事選では自民党は、國松前知事支持を決めたが、冨士谷だけが嘉田を推した。
「嘉田さんの地元は大津市大津市比叡平ということもあって、まず自民党大津支部に嘉田支持を依頼したのですが、大津支部は拒否。そこで富士谷さんは、自分の地元で代表を務める自民党近江八幡市連絡協議会での応援を決め、嘉田さんの住所を近江八幡市に移転させたほどの熱の入れようでしたね」(前出地元議員)。
 政治にはズブの素人だけに冨士谷のような剛腕肌で選挙のプロの存在は大きかった。結局、党の方針に背いたことで冨士谷は、自民党を除名され、近江八幡市長へくら替えした。党を追われてなお市長選に勝つ冨士谷の力量もなかなかのものである。確かに選挙のプロだ。そして政治的な立ち回りも非常に面白い人物である。

近江八幡「保守系共産党」という珍現象

 冨士谷の地元、近江八幡もかつては同和事業が盛んだった。というよりも皮革産業、食肉産業、いずれも盛んなドンピシャの同和地区である。09年、解放同盟滋賀県連の名簿が約千人分流出するという事件が起きた。その中には、近江八幡市内の末広支部、住吉支部も含まれていた。この末広というのは「肉の町」として有名で、食肉事業がとても盛んな地域なのだ。
 そんな近江八幡で冨士谷。その冨士谷にまつわるニュースと言えばこれも印象が強い。

 滋賀県近江八幡市の冨士谷英正市長は12日の定例市議会本会議での答弁で、同市内の町名を挙げて「同和地区(被差別部落)だった」 と発言した。 市議が個人質問で地域の課題や進ちょくをただしたのに対し、「同和地区だったが、(同和対策事業の対象となる)地区指定を返上された。 一般施策としてまちづくりを進めてきたために遅れた」と述べた。
冨士谷市長は「歴史的事実であり、差別意識をもって発言したわけではない」としている。(京都新聞6月12日)

 これなどもとてもバカバカしい話であり、議会で事業の執行地域について名を挙げることをなぜ問題視するのか「意味不明」の記事である。おそらく市長も記事になったこと自体、驚いたかもしれない。こうした経緯もあって冨士谷市長に一目置いていた。しかし彼がアンチ同和になったのは、少し違った事実関係があったのだ。近江八幡市関係者はこう証言する。
 「冨士谷さんが市長になる前に解放同盟員の不祥事が相次いだのですよ。要は補助金の横領なんだけど、同盟員同士の対立やその身内による告発など壮絶なものでした。だから市としても同和はスネの傷。そこに冨士谷さんが目をつけた。つまり“俺が市長になったら事業を見直す”と約束して、共産党すら取り込んだのです。だから今でも市長と地元共産党の関係は良好ですよ。だから市議たちは“保守系共産党”と揶揄されています(笑)」
 ここが“アンチ同和以外何もない人”と言われるゆえんだった。先の出張費の問題等、嘉田の“相方”としては違和感を抱いた人も多いだろう。とにかく言えることは、冨士谷市長なくして嘉田知事誕生はなかったということだ。

もう一人の側近は県庁きっての事業派職員

 嘉田知事と冨士谷市長という妙な関係をご理解頂けたか。本来、冨士谷が議長職にとどまったら嘉田―冨士谷ラインで議会が進行されていただろう。ところが冨士谷は市長へ鞍替え。ところが嘉田は実務経験ナシ。そこで県庁内の側近、知恵袋になったのが、古川久巳元管理監という県幹部だった。
 なにしろ嘉田は県知事就任後、県情報誌で脳科学者・茂木健一郎氏ら著名人との対談など、できることと言えばこうした広報活動・情報発信ぐらい。実務においては古川が担った。この古川元管理監もまたいわゆる“剛腕肌”の幹部だったという。地元の部落解放同盟員はこう証言する。
 「10年ほど前だったか解放同盟と県の交渉で古川さんは、建部五郎前委員長と“表に出んかい”と大ゲンカしたこともあった」
 こんな胆力の持ち主である。県政にはまるで素人の嘉田が頼みとするにも十分な力の持ち主かもしれない。古川は事業に熱心な県幹部だった。公共事業にも強い。そして滋賀県の東京事務所にも参事として勤務しており、企業誘致を専門的に行う実務派なのだ。地元オンブズマンから不透明な主張費を指摘されたこともあったが、この際も彼女は「仕事熱心」と擁護している。県の事業を行うにも費用がかかるのは当然の話でその点は否定しない。しかし本来の嘉田氏の主張や理念から行けばより丁寧な説明があっても良かったはずだ。

要するに嘉田の言う「もったいない」とは、「協力者の利益と一致しないもの」という意味であって公共事業、大型投資そのものを否定していたわけではなかった。新幹線新駅に反対したものの、リニア新幹線の新駅が滋賀県にも新設されるという構想が出るや否やこちらは賛成するあたりも彼女らしいと言えばらしい。「もったいない」のスローガンも時と場合でブレが生じるわけだ。そして嘉田知事誕生以来、最大のピンチ、ブレとも言うべき事件が滋賀県米原市駅周辺で計画された「SILC(シルク)事業」問題なのだ。

(敬称略・続く)


[ 2013年02月28日 00:03 ] カテゴリ:政局 | TB(0) | CM(0)

解放の1区が陥落 泣いたドラゴンをフォローしてみる

tibidora.jpg

















この可愛い坊やは誰でしょう?

http://www.asahi.com/politics/update/1213/TKY201212130540.html
 福岡1区で民主前職の松本龍・元環境相(61)が敗れ、目を真っ赤に潤ませつつ「私の力不足。申し訳ない」と語った。比例復活もできず。部落解放同盟や建設業界、労働組合の分厚い組織を固めきれなかった。



別名、解放の1区こと福岡1区に立候補していた松本ドラゴンこと、松本龍元環境相です。
お爺さんと一緒に写っています。
松本ドラゴンというネーミングもヤングマガジンの作家にいそうですね。

なにしろ解放の議席と呼ばれた福岡1区が陥落したのだから大事件です。
やっぱり「あの発言」が
引き金となったことは間違いないでしょう。
民主党の閣僚経験者が軒並み、落選したことを鑑みても民主議員が
閣僚ポストを得て舞い上がってしまった、というか浮き足立ってしまったというのか。
松本氏は最たるものでしょう。

当時はやっぱり批判的に見ていたし、関連の記事も書いたのですが
今になってみるとちょっと擁護したくなりました。

こんなワケがあります。


かつて月刊同和と在日で神奈川県横須賀市の同和住宅の話があったんですが
あれはいろいろ考えさせられるところがあって、
事業で住宅を建設した結果、同和地区になってしまったというおかしな
話でした。

それで当時、市は事業を必要としない方針がポイントです。
ところが県は「国の方針だからやれ」という。
要するに県は国から金を寄こせ、と地方の顔をする。

ところが市に対しては国の方針を持ち出して中央の顔をする。
この辺りが県が「ヌエ」のような存在であるという例え話の好例でしょう。

もしもです。
松本龍さんが宮城県、岩手県両知事に
「コンセンサスを得ろ」とか
「知恵を出せ」
と言ったのもひょっとしたら

「県は中央の顔をしないで市町村と連携しろ」という
隠れメッセージではなかったと深読みした次第です。

といっても実際は、ただ乱暴な性格なだけでしょうけどね。

ただ「あの発言」に至ったのも周囲の環境も悪かったんじゃないですかね。

COP10会期中の思い出話に花が咲いた時、
クーパー氏とともに震源地となった島田調整官が
言ったんです。
「大臣、覚えていますか。夕方の全体会議で議事が
混乱した後、私たちに
『おまえら殺すぞ』と言って立ち去ったことを」。
「えっ、そんな物騒なことをいうわけないじゃない」と
返しましたが、島田調整官もきっぱりと返します。
「いえ、しかもにっこり笑いながらそうおっしゃいました。
その言葉でピリッとして、仕事がはかどったんですよ」とも
教えてくれました。
信頼している人間同士だからこそ思わず飛び出すブラックジョークと
いいますか。
『環境外交の舞台裏』(松本龍/日経BP環境経営フォーラム)



これなんですけどね、菅さんあたりが秘書官に「殺すぞ」といったところで
「また癇癪おこしちゃって」で済むんですけども
松本さんから「殺すぞ」としかもにっこり笑って言われるのは
「おいおい冗談じゃねえぞ。洒落になってねえ」と。

私なんかはそう思うし、またそう思わせるところに今日の解放運動の
影があるのではないでしょうか。
そりゃ「ピリっとするわなあ」という話です。

ブラックジョークって本人は言って確かに「ブラックジョーク」なんだけど
普通こういうのは「ゲラチェック」があるわけで、この部分はさすがに
イメージが悪いから削除しておこうと、普通の議員ならば周囲が言った
かもしれません。
ところが彼は「これもまあ俺の魅力か」みたいな思いを含めて
書いたのかも。
印象としてはあまりプラスにならない記述だと思いますがね。

ずーっとこういう調子だったと思う。本当に周囲に松本氏を思って
意見した人はいたのかどうか。でなければあの発言も「殺すぞ」もなかったはず。
たぶんここまで辛い思いをしたのは初めてだったでしょう。
本当の松本さんの評価は落選後じゃないでしょうか。


[ 2012年12月17日 13:05 ] カテゴリ:政局 | TB(0) | CM(6)
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