だが待ってほしい早計ではないか通信(フリーライター三品純)

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衆院選に蠢く面々 長妻昭元厚労相の場合(そしてなぜ市民は質疑応答で「演説」をするのか)

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昨日、地元中野区・中野サンプラザで「細野豪志×ながつま昭 白熱トークライブ」
が開催されたので聞きに行きました。
長妻さんが厚労相だったころ、同じ会場で開催された国政報告会は
正直なところ盛況というよりか、万一火事でもあったらもう逃げ場がないくらいの
混雑でした。しかし昨日は会場が満員とはいえ、かつてほどの賑わいではありませんでした。

細野政調会長からは、民主党の打ち出すマニフェストの特徴について説明があって
①社会保障
②共生社会
③エネルギー
④安全保障
⑤行革

この5つが柱になるそうです。共生社会というのがちょっとクセモノでこういう部分に
「永住外国人地方参政権」「人権救済法」が入ってくるのでしょうか。
それにしても話の随所で出てくるのは「消えた年金」でした。

「1300万人分の年金記録が回復した」とか長妻さんだから当然、この手の
アピールが多くて、参加者も高齢者が多いのでその都度拍手が起きます。
考えてみれば先の総選挙も年金問題の一点突破で勝ったようなもので
彼らが年金記録をウリにするのは痛いほどわかります。
しかし逆を言えば「売るもの」と言えばそれくらいであって、
過去の栄光にしがみつくようにも見えました。

ただいかに民主党が逆風状態と言っても長妻さんは盤石でしょう。
対立候補は、がんばれ松っちゃんのポスターでお馴染みの自民党・松本文明さん、
それから生活が中田兵衛豊島区議を立てるそうです。
この顔ぶれで長妻氏に勝てるかどうか。

それから細野政調会長によると民主党は「社会保障」を主軸に据えるそうだけど
確かに高齢者の支持層には響くのかもしれません。もう目新しいものに飛びつく
浮動票は維新に向かうのだから、例えば全国の都市部の高齢者あたりがターゲットになるのか。

そしてなぜ市民は質疑応答で「演説」をするのか


余談ですが、中野区というのは、もちろん学生などの単身者も多いけど
50~60年代に上京して定住して高齢者になった世帯も多いようです。
こういう背景があってか共産党と創価学会がとても強い。
家の前に「聖教新聞お断り」という張り紙があって、その対面のお宅に
「赤旗配達するな」という張り紙がしてある壮絶な光景を目撃したこともあります。
無論、こういった現象は中野区だけに見られるものではないと思いますが、
どうあれ都市部にはよくありがちな話であります。
(地域における学会と共産党の関係についてはまた別でお話をしましょう)

かつては「都会の孤独」と言われた若者ももう高齢者の領域で
田舎ほどウエッティなライフスタイルがないまま、年だけくって孤独を感じ
ながらもどう周囲と接していいのか分からない。アパートの隣にドレッドの
若い兄ちゃんが越して来た日にはもう恐怖の日日です。
こういう人たちをなんとかできないのか、という思いと
「いずれお前も」という自答が悶々としてしまうのも正直なところです。

そういった層にとってこの種の政治集会というのは、すごくありがたいものです。
なにせ長ければ半日近く面倒を見てもらえるわけだし、話を聞くだけで
何らかの充足感が得られるというのか。

それで前から疑問に思っていたのですが、
政治スタンスを問わず市民集会や政治集会の類での質疑応答で
なぜ「市民」は「演説」をするのでしょう。

おおかたの場合、講演の後質疑応答の時間があるのですが、話の途中うずうずしている
人もいるのです。
「あ、この人演説するだろうな」って人はたいていイの一番に挙手します。
そして「演説」を始める。

「質疑応答」なのだから、当然、Q&Aの形式のはずが、
「アンタもう自分でA(アンサー)を出しているじゃないか」
というほど、延々と自説を話し続ける。
周囲の空気も感じないまま、それはとても冗長に話が続く。
場によっては「チーン」と呼び鈴みたいなのが鳴って制止することもあるけど
お構いなし。
主催者からすれば厄介な存在だけど一応、「お客様」だから下手に扱えない。

別パターンとしては、参加者の中に特定の運動家もいて、自己PRを兼ねての
演説の場合もあるけど、これはまたちょっとケースが異なります。
だからたまに
司会から「質疑応答の時間ですが、演説はやめてくださいね」という
注意があって、失笑が漏れるという事態も起きます。

パターンとしては
1、高齢者で孤独がゆえの思いをブチ曲げたい「都会の孤独型」
2、運動家の「自己アピール型」
3、単に「イッテしまっている型」
4、そもそも話の趣旨を「理解していない型」
5、ただ話が下手な「コミュニケーション力欠如型」

に区分けできます。

2と3についてはもうこれは生きがいだから仕方がない。
4のケースですが、自説を述べるというのは裏返すと話の趣旨を理解できて
おらず、そのテーマの「問題点」が分からないというパターン。
だから4はもう少し勉強してくださいで済む話です。
5はただ面倒な人というだけ。

ただ考えるべきは1でしょう。やはり生きがいが集会でのアジというのは
悲しすぎます。もっとも今はやりの「絆」とか「地域力」といったものでどうこう
なるわけではなし。それに傍目には悲しく見えても本人は満足だから
もうやらせてあげるしかないのでしょう。

つまり市民集会における「演説」とはその実、最高の救済策かもしれません。
民主党は社会保障を重視するというけど、いやいや中途半端な政策を打ち出すよりも
じゃんじゃんタウンミーティングを開催して、市民に演説をさせた方が
案外票につながるし、救済につながるかも? 演説は最大の社会保障であります。

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[ 2012年11月24日 11:31 ] カテゴリ:政局 | TB(0) | CM(0)
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