だが待ってほしい早計ではないか通信(フリーライター三品純)

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週刊朝日報道についての考え2

橋下徹大阪市長の出自に関する週刊朝日10+件の連載を巡り、橋下氏が朝日新聞の取材を拒否している問題で、同誌を発行する朝日新聞出版(東京都中央区)は19日、連載を中止すると発表した。朝日新聞出版は「同和地区などに関する不適切な記述が複数あったことを深刻に受け止めた」とし、連載を1回目で打ち切る異例の対応をとった。親会社の朝日新聞社も同日、「深刻に受け止めている」とのコメントを発表した。

 週刊朝日10+件の河畠大四編集長はコメントを発表し、「連載の継続はできないとの最終判断に至りました。橋下市長をはじめとした関係者の皆様に、改めて深くおわび申し上げます」と謝罪、「全責任は当編集部にあり、再発防止に努めます」などと釈明した。朝日新聞社広報部も「当社から08年に分社化した朝日新聞出版が編集・出版する『週刊朝日』が今回、連載記事の同和地区などに関する不適切な記述で橋下市長をはじめ、多くの方々にご迷惑をおかけしたことを深刻に受け止めています」とコメントした。

 記事を執筆したノンフィクション作家の佐野眞一氏は、朝日新聞出版を通じコメントを発表。「記事は『週刊朝日』との共同作品であり、すべての対応は『週刊朝日10+件』側に任せています」と説明し、「記事中で同和地区を特定したことなど、配慮を欠く部分があったことについては遺憾の意を表します」とした。

 記事は同誌が10月26日号で連載を始めた「ハシシタ 奴の本性」。橋下氏は、特定地域を「被差別部落」と名指しし、橋下氏の人格否定につなげていると問題視。19日には、同誌が次回11月2日号に掲載する「おわび」の内容を見て、朝日新聞への取材拒否を解除するかどうか判断する考えを示している。【津久井達】
http://mainichi.jp/select/news/20121020k0000m040075000c.html



●雑感
こう言ってはなんですが、とても国内最大の報道機関の対応とは思えない結末です。
ぶっちゃけた話素人臭いというのか。
他に例えようがないのですが、スキーの初心者がとりあえず装備だけ揃えて
いきなり直滑降コースか国体コースで滑ってそのまま谷底に落ちて行ったというか。
オールラウンド系のサークルの大学生が
「オレ、バーボンのストレートしか飲まないんすヨ」みたいにいきがって
飲んだらゲーゲー吐いた、これも違うなあ。

しかも「遺憾」って政府答弁じゃないんだから反論なんていくらでもできたのに。
こういう回答を見るとやはり新聞社やテレビ局とは、準公務員というか
一種の官僚機構という気がします。

●問題の本質部分

朝日サイドの弁を見ると、地区名や地区所在地を匂わせたことを問題視したようです。
これは本当に大違いだと思いますよ。
問題の本質は
社是や政治的立場、主張が異なる政治家に対して政策で論争を
ふっかけるのではなく出自をタテにして
批判するという安直な編集方針が問題なんです。

裏返すと政策論争では橋下に勝てないから、だから出自や家系を
持ち出すしかないのでしょう。
これに対して本来、人権派とか左派の文化人が真っ先に声を挙げるべきだと
思いますが、そうした意見はまるで聞かれません。

つまり橋下ならばいい、と。アンチも多いから許されるだろうと。
だからこんな「ハシシタ」なんて面白くもなんともない
センスのかけらもないタイトルができるのです。
アンチからすれば「よう言うた!」と喝采を挙げた企画でしょうけど、
二度と人権とほざかない方がいいですよ。
改めてアンチ橋下の品のなさが浮き彫りになりました。

これ前エントリーの繰り返しになりますが、もし自分たちの政治理念や社是に
合致した政治家の出自や生い立ちの暗部を明かすことがありえたでしょうか。


ただ地区を明かしたことについてですが、この件については何ら問題はないと思います。
同和地区の公開と秘匿。これは同和行政と部落解放同盟を検証する上でとても重要です。

特に解放同盟の幹部の講演を聞くとそれがよく分かります。
中でも注目している人物が北口末広近大教授、解放同盟大阪府連執行委員長の発言です。

初めて彼の講演を聞いたのは09年2月の人権啓発研究集会でしたが、そこで
「部落差別をなくすためなら地区を調べてもいい」
とこんな話をしました。
当時はこの人、ナニを言ってるんだろうとしか思っていませんでしたが、実は
これほど重要な発言はありません。

つまりかつては解放同盟も機関誌でごく普通に地区名を掲載して、また各地区も
同和事業で施設などを「勝ち取ったもの」として堂々と記念碑を建てたり
記念誌を作っていました。つまりその時代は公開が普通だったのです。
なぜかというと公開しないと地区指定を受けられないから。

じゃあ事業も終わった同和地区という事実だけ残ったという今の時代になると
都合が悪いから隠せ、と。

でも昔、堂々と明かした過去があるからそれじゃ齟齬が生じるから
出てきたのが
「部落差別をなくすためなら地区を調べてもいい」
というムシのいい考え方です。
これを分かりやすくいうと解放同盟やその仲間たちが何らかの事情で地区を明かすことは
問題ないが、一般住民や行政が明かすことは許されないという風に
通訳できます。

仮にそこいらの不動産会社の人が心斎橋あたりで
「八尾の安中に部落があるでー」と叫んだら、その人は次の日、仕事を失います。
ところが北口氏が同じことをやっても別に何もありません。
むしろ「センセのことやから何か意味や意図があったんちゃうか」程度でしょう。

要するに差別か否かのジャッジはみな運動体や差別と感じた方に
委ねられるのが日本の「人権」のあり方だと考えます。

だから朝日サイドもそもそも新潮と文春に似たような記事が掲載されている上に
地区が掲載されたのが問題というならば、解放新聞や大阪市人権協会の記念誌に
ばっちり同和地区が掲載されていると言えばいいだけ。
これを言われたら橋下市長も反論できなかったはずです。
むしろこれを言われたら橋下氏の方が困るのであって、
「反体制なオレ」を演出したいならばこういうアプローチの方が良かったと思います。

●地区名を特定したことについて

さらに地区名を書いたことが問題だとするならば、同和事業、または解放同盟の
存在そのものが否定されますよ。例えばこの記事

糾弾ビジネスの正体見たり!総力取材 「同和と企業」解放同盟に狙われたエイブルとパナホーム
http://soukeidehanaika.blog2.fc2.com/blog-entry-288.html

では滋賀県野洲市で起きた糾弾ビジネスの実態を書いています。
ここでは野洲市の和田地区という同和地区が舞台になっています。
和田地区には解放同盟の和田支部があるのだから、その時点で
「地区の存在」が判断できるし、旧隣保館の野洲地域総合センター和田集会所も
http://www.city.yasu.lg.jp/reiki_int/reiki_honbun/r042RG00000484.html
この通り条例でばっちり掲載されているのだから、地区の掲載の有無は
はっきり言って何の意味もありません。

もしそれでも「歴史的な背景を鑑みて同和地区名を出すことは不謹慎」
と言うならば、そもそもそのような差別につながる
事業を実施し、地区指定をした国とその事業の
受け皿団体になった部落解放同盟に文句を言ってください。


●週刊朝日側にも1%同情できる点も…

とは言え多少ながら週刊朝日側にも同情しうる点があります。

例えばの話。

学校に凶暴で喧嘩がものすごく強い3年生の「番長」がいたとします。誰もが恐れる番長。
そこに喧嘩も気も弱い1年のA君がいました。ところがこのA君はなぜか
番長をいじったり、からかったりします。
同じように喧嘩も気も弱い同級生のB君がそれを見て
「ボクも番長、いじれるんちゃうか」と
思ってしまいました。そこである日、B君が番長をからかったところ
ボッコボコにされてしまいました。

実はA君は番長と同じ集落に住み、幼馴染でお兄ちゃんのようなもの。
彼が番長に遠慮なかったのはこうした背景があったのです。
B君はこのことを知らなかったので、ボコボコにされてしまいました。

これを同和問題における相関図とどう置き換えるかは各自の判断にお任せします。

要するに何が言いたいかというと、同和を批判(いじる)するのは
ともに出自(集落)を同じくする者、あるいは差別と感じる側が
認めた者という一定のルールが存在することです。

週刊朝日がいわばこの番長ルールを知らなかったとは思えません。
ただ新潮と文春の「いじり方」があまりに豪快だったから
週刊朝日も「大丈夫だ」と錯覚してしまったのでしょう。
ワキが甘いとは思いますが、このルールは、いつどこで発動するのか
なかなか分からないもの。この点においては週刊朝日に同情します。


もう少し言うと
北口氏が言った「部落差別をなくすためなら地区を調べてもいい」
というのは、その筋の作家や運動家がルポや記事を書くときに
万一、地区に触れざるをえない時のために「含み」を持たせた
わけで、その言に沿って言えば”その線”の人に書かせれば
良かっただけの話なんです。

すると橋下側も「番長ルール」が発動するから沈黙せざるをえません。
それでなくても大阪市人権協会の50年のあゆみを会見場に持ち込めば
その時点で話は「終了」だったから、準備不足感も否めないところです。


まあとは言え朝日新聞に限らず日本の報道機関の人に
こういう話をしても絶対に理解してもらえないでしょうね。
この人たちって一億年後にもう一度、ハシシタ報道の何が問題だったか聞くから
その間、よく考えてねと
言って、一億年たったさあ答えてください、となっても
「あ、あの~同和地区を書いたことが問題でした。遺憾です」と
言いそうですね。

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[ 2012年10月20日 02:24 ] カテゴリ:同和問題 | TB(0) | CM(0)
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