だが待ってほしい早計ではないか通信(フリーライター三品純)

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プロレスラーの上田馬之助さん死去

新日本プロレスなどで活躍したプロレスラーの上田馬之助氏
(本名・上田裕司)が21日午前、亡くなった。享年71歳。

 上田さんは愛知県出身。1958年、大同高校を中退して
大相撲の追手風部屋に入門。60年に力士を廃業して日本プロレスに入門。
61年デビュー。全日本プロレス、国際プロレス、新日本プロレスなどで
活躍した。特に新日本プロレスでタイガー・ジェット・シンとタッグを
組み、アントニオ猪木らと抗争を繰り広げたのは語りぐさである。
まだらの金髪で「まだら狼」と呼ばれた。



昭和プロレスの生き字引のような上田さんが死去。
大変、惜しい方を亡くしました。
最後に上田さんの試合を見たのはおそらく95年のIWAジャパンの興業
だったと思います。
この時は松田圭三という若手レスラーとシングルマッチでした。
松田選手がリングに上がっていると例によって
上田さんはすごい剣幕でリングに向かい
パイプ椅子で松田選手を一突き。

本来、ここからが試合の始まりでしたが
松田選手はのたうち回り、そのまま試合終了。
確か1~2分程度だったと思います。

上田さんもかなり驚いた感じで
「おいおい、これでダウンか?」という表情で
消化不良気味で去っていきました。
猪木氏との釘デスマッチだとか壮絶な試合を続けてきた
上田さんからすればパイプ椅子くらい
準備運動くらいだったのでしょう。
とても印象的なシーンでした。

本当に昭和プロレスにかけがいのない方で残念です。
ご冥福を。
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[ 2011年12月21日 20:11 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
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