だが待ってほしい早計ではないか通信(フリーライター三品純)

週刊誌、月刊誌などに寄稿した記事の 補足、追加取材ブログです。 ネットと雑誌メディアの融合を目指します。
だが待ってほしい早計ではないか通信(フリーライター三品純) TOP  >  2011年12月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --年--月--日 --:-- ] カテゴリ:スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

アンケートもよろしくお願いします


大変厚かましいお願いで恐縮でございますが
読者アンケートにご協力ください。アドレスはこちらです★

http://bit.ly/sTg46X

月刊「同和と在日」2012年1月号発売中!!

ご購入はこちらから


http://atamaga.jp/dz14

パブー版
http://p.booklog.jp/book/41384


Android版
https://market.android.com/details?id=jp.atamaga.dz14
スポンサーサイト
[ 2011年12月26日 13:19 ] カテゴリ:示現舎 | TB(0) | CM(0)

月刊「同和と在日」2012年1月号発売しました!!

月刊「同和と在日」2012年1月号発売しました!!


dz.jpg















鳥取県琴浦町の「風の丘」。ここでは2003年に石碑に書かれた「東海」の文字が政治団体からの猛抗議で削除された。その現場から、今まで知られていなかった“斜め上”の実情をレポート。
クラスメートの前で部落出身を告白する「立場宣言」。当時の教育関係者の証言と文書から、謎を解き明かす。同和教育にからむトラウマを抱える方におすすめ。

ご購入はこちらをクリック!


示現舎サイト

ブログのパブー




目次
●拡大版リベラルな電波グラビア館
・韓国水曜デモ1000回アクション in Tokyo「 外務省を「人間の鎖」で包囲しよう!」 バーチャル劇場
●特集「あの騒動は今」 歪んだ日韓友好のツケ・鳥取県琴浦町「風の丘」の痛すぎる話
・気がつけばメディアは韓国だらけ
・赤碕《あかさき》と韓国の交流の原点とは?
・消えた東海、公園はトラブルメーカー
・9号線を怪しく彩る不思議な風車
・4億円を使ってできた朝鮮風の箱庭
・施設の随所で見られる片山善博の名前
・日韓交流から「恋人の聖地」に脱却か?
・一体、誰に向けての施設なのか?
・痛々しい東海削除の傷跡
・ハングルで「韓日」表記があちこちに
・配慮が必要な友情と友好とはなんだ?
・物産館は民団の運営、言いだしっぺは片山
●連載・僕らの部落民宣言 第1回 ~立場宣言は如何にして行われたか~
・米子の立場宣言
・教育委員会の指導方針
・立場宣言の理論と実践
・学力保障と進路保障
●緊急レポート“強盗国家”韓国を許すな 狙われた敦賀市・常宮神社の国宝「新羅鐘」
・民間の文化財も韓国人が奪いに来る!
・明治時代以来の国宝「新羅鐘《しらぎのかね》」
・有光《ありみつ》健《けん》氏が返還運動のフィクサーか?
・それでも公共放送? 中継で返せと騒ぐ韓国人レポーター
●声に出して読みたい「同和と在日」文献の旅
・部落問題研究所五十年のあゆみ
・解放運動裏年表 内ゲバの歴史


(今月の内容)
拡大版リベラルな電波グラビア館では、韓国水曜デモ1000回アクションを
実際に外務省を一周。全体の様子が分かるようになっています。
バーチャルな水曜デモをお楽しみください。

特集「あの騒動は今」では鳥取県琴浦町の「風の丘」の今に迫りました。
騒動当時でも報じられなかった実態となんとも救いようのない話を
取材しています。
●何気にハングル表記では「韓日」
●民団が町の施設に間借りして物産店などなど
トホホな話題が満載。
これらを通して日韓友好とは何かを問う内容になっています。


連載・僕らの部落民宣言 第1回 ~立場宣言は如何にして行われたか~
では立場宣言などのを含む同和教育、解放教育の実態について
迫っています。一般メディアで報じられる時の同和教育はいつも
美談のように語れます。しかしその実態は?
そして
「進路保障は同和教育の総和」
このスローガンが一体なんであったのかを克明に
綴っています。



緊急レポート“強盗国家”韓国を許すな 狙われた敦賀市・常宮神社の国宝「新羅鐘」
は敦賀市の常宮神社で起きている問題を取材しました。
韓国人と日本人の左翼活動家が何をしているのか?
またどんな主張をし、何を根拠に国宝「新羅鐘」の返還を求めているのか?
強盗国家・韓国の理不尽ぶりをレポートしました。


声に出して読みたい「同和と在日」文献の旅
では部落問題研究所五十年のあゆみの書評と分析です。
同研究所は共産党の影響が強く、解放同盟には批判的な立場をとります。
そして本書はいわば年表集、もっと言えば解放運動との闘争史と
言えます。解放同盟の勢力が今より強かった時代の暴行事件などを
年表化したものであり、いわば旧全解連(現人権連)の怨念の書と
言ってもいいでしょう。
[ 2011年12月25日 18:22 ] カテゴリ:示現舎 | TB(0) | CM(0)

プロレスラーの上田馬之助さん死去

新日本プロレスなどで活躍したプロレスラーの上田馬之助氏
(本名・上田裕司)が21日午前、亡くなった。享年71歳。

 上田さんは愛知県出身。1958年、大同高校を中退して
大相撲の追手風部屋に入門。60年に力士を廃業して日本プロレスに入門。
61年デビュー。全日本プロレス、国際プロレス、新日本プロレスなどで
活躍した。特に新日本プロレスでタイガー・ジェット・シンとタッグを
組み、アントニオ猪木らと抗争を繰り広げたのは語りぐさである。
まだらの金髪で「まだら狼」と呼ばれた。



昭和プロレスの生き字引のような上田さんが死去。
大変、惜しい方を亡くしました。
最後に上田さんの試合を見たのはおそらく95年のIWAジャパンの興業
だったと思います。
この時は松田圭三という若手レスラーとシングルマッチでした。
松田選手がリングに上がっていると例によって
上田さんはすごい剣幕でリングに向かい
パイプ椅子で松田選手を一突き。

本来、ここからが試合の始まりでしたが
松田選手はのたうち回り、そのまま試合終了。
確か1~2分程度だったと思います。

上田さんもかなり驚いた感じで
「おいおい、これでダウンか?」という表情で
消化不良気味で去っていきました。
猪木氏との釘デスマッチだとか壮絶な試合を続けてきた
上田さんからすればパイプ椅子くらい
準備運動くらいだったのでしょう。
とても印象的なシーンでした。

本当に昭和プロレスにかけがいのない方で残念です。
ご冥福を。
[ 2011年12月21日 20:11 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

朝鮮学校関連資料

朝鮮高校については
こちらの資料をご参考に。

学校法人神奈川朝鮮学園関係資料


戦後、朝鮮人学校についてはこちらをご参考に。
昭和23年の政府通達です。
当時の混乱ぶりが伺えます。

この事例も朝鮮人学校が「暴動」の発端となっていますが
やはり「学校」とは運動やイデオロギーの起点になっている
ことが分かります。

これは解放奨学生についても同様だと思うのですが、
ある特定の主張、特定団体の意思を達成するに
学校は最大の砦になるのでしょう。

戦後在日
[ 2011年12月12日 21:39 ] カテゴリ:教育問題 | TB(0) | CM(0)

中日の敗退は残念でしたが

今さら中日の話で恐縮ですが、私は中京圏出身ですが
別にこのチームのファンでもありません。
ただ80年代の中日については抗しがたい魅力がありまして
よくこの当時の中日を「野武士野球」と称するむきもありますが
とにかくなんとも言えない鷹揚さと豪放さを持ち合わせていました。

かつて太田さんという審判員がおられ、確かS57~60年の頃、
中日ファンから標的にされていたと記憶しております。
内野席から汚いヤジが飛ぶと、太田さんも
ほっとけばいいのにスタンドを睨んだりして。それでまた中日側からも
ヤジが飛んでもう宴会です。

藤王という選手がおりまして、死球の判定か否かという時に
ソックスを脱ぎだしてアピールするものだから
中日応援席からも大ブーイング。味方選手にも容赦ないのが中日スタンド
であります。

選手名鑑も中日節は全開です。
例えば趣味などの欄で例えば同世代の選手で比較をすると
巨人の定岡投手がBMWで赤坂をドライブ云々と
書いてあるのに、鈴木孝政投手の場合は「カレーの次の日の鍋にご飯を入れる」という
感じです。
球場内の喫煙所には一斗缶が無造作に置かれ、煙がもくもくと立っていました。
そんなんだから火事が起きたのでしょう。

時代は変われどこのチームから放たれる牧歌的な雰囲気はたまりません。

先日、同世代の中日ファンと話が盛り上がってしまい勢い余って
ズラズラと思い出を書いてしまいました。

さてその話の中で88年の胴上げ中に謎のマッチョマンがいたという
話が出ました。確かにTV中継中にそんな人がいたのをうっすら覚えていました。

中日は本拠地をナゴヤドームに移して、野球スタイルが変わったと専門家筋は
雑誌などで指摘しています。球場が広くなったから守備を強化すると。
引き換えに豪放な選手が消え、守備重視のシュアな選手が増えました。

そしてもう一つ変わったこと、それはまともに胴上げができるようになったことです。
今の名古屋ドームでは胴上げの瞬間にファンが
なだれ込むのは不可能になってしまいました。


私がナゴヤ球場時代の中日の優勝を見られたのは昭和57年、88年です。
私の地方では中日が優勝すると胴上げの瞬間などの写真が掲載されている下敷きが
もらえました。
57年などもひどいもので、胴上げにどこかのオジサンが混じっており
「どっちが近藤監督?」
という有様でした。


そんなわけで88年の優勝の胴上げの瞬間ですが、これもひどかったです。
観客がゴロゴロ胴上げに加わっていました。

それで謎のマッチョマンですが、このことでしょう。



中日1


















どうです、これぞ中日の胴上げですよ。どんちゃん騒ぎ。
まさにカオスであります。普通に子供も混じっています。
やっぱりこうじゃないと。















中日2

















左部分を拡大したのがこちら。
一般人が胴上げを囲むのではなく、完全に混じっています。
左側男性の嬉しそうなことといったらもう。









中日3




















さらに右部分を拡大したのがこれです。
当時はもっとすごいマッチョな印象がありましたが、今見ると
いわゆる細マッチョという部類でしょうか。
その前のオジサンもいい感じで写っていますが、後ろの
サラリーマン風の男性の
「俺もいれろ」という感じがまたなんとも。
想像以上に一般人の混入率が高いような。

現在の名古屋ドームでグランドに乱入するのはまず無理でしょう。
あの臨場感満々のナゴヤ球場が懐かしいですね。


次回、もし気が向いたらこれまた非ドーム球場の
神宮で開催される東京六大学野球の応援事情についても
解説したいと思います。



[ 2011年12月10日 00:04 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

対馬に行ってきました

厳原


















対馬に行ってきました。
写真は厳原港の周辺です。
取材の成果は近日というか、来年早々にはレポートできるでしょう。
テーマとしては無論、韓国云々のお話ですが
巷で言われてきたような「対馬が占拠される」といった言説には
かなり違和感を抱いています。
また違ったテイストでいろいろな話ができると思います。










raita-.jpg










確かに韓国の影響は大きく道端を歩いていますと、ゴミまでこんなものが・・・











makkori.jpg














あまり旅情めいたものだとか、グルメとは無縁で
まあそれらしい味覚と言えば、これくらいでした。
つしにゃんマッコリです。
もうちょっとオリジナリティめいたものはないかと
思うのですが、そもそもがマッコリ自体、あっちのお酒で
「つしにゃん」ってどう見ても「ひこにゃん」なわけです。
といっても「ひこにゃん」の彦根は別段、猫とは無縁な土地柄で
こちらは「ツシマヤマネコ」という立派なシンボルがあるので
猫にちなんだものならばこちらに理がありそうな気もしますが。


[ 2011年12月09日 00:31 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

さんぴん

Author:さんぴん
フリーライターをしております三品純と申します。
ブログ内の写真や資料などは出典を明記して頂ければ
自由にお使い頂いて結構です。

連絡先はjm347@nifty.com
090-2914-5069


検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。